熊本地震体験記

2019年7月26日

space, science fiction, cosmos
geralt (CC0), Pixabay

2016年4月15日 前震

当時は、早朝から深夜まで働いて半月連勤は当たり前という激務。
この日は久しぶりに定時で帰れる段取りがつき、自宅で夕飯を済ませテレビを見ながらくつろいでいた。

日頃の疲れもあり、いつの間にかウトウトとまどろんでいた。
と、突然

ゴ――!!

大きな地鳴り、そして揺れ。
半分寝ていたせいか、地震と気付くのには少し時間がかかったが
はじめは「すぐ収まるだろう」と思っていた。

しかし、揺れはおさまるどころか激しくなっていく。
経験したことのない長い揺れに今まで感じたことのない恐怖を感じていた。
縦揺れか横揺れなんて全く分からない。
とにかく

「怖い!早く終われ!」

と思いながら床にしがみつくしかなかった。

頭の中では
「アパート倒れるかもしれん、下敷きになったら助からんな」
と、死の覚悟もしていた。

地震直後

揺れがおさまった瞬間、携帯だけ握りしめ反射的に玄関へ向かっていた。

幸いにも、テレビなどの大きい家具が倒れたり鏡が割れたりはしなかった。

玄関を開けると、同じ階のほとんどの住人がドアを開けて
誰彼となく自然と「…今の、ヤバかったですよね?」「とりあえず外出ましょう」と駐車場へ。

外はまさにパニック状態。

向かいの戸建てでは庭の塀が倒れペットの犬が下にいると叫び声。

隣のアパートから泣きながら飛び出してきた女の子。
玄関ドアが歪んで開かず、ベランダから必死で逃げてきてパニックを起こしていた。

その子の肩を抱いていると、 近所の社宅に住んでいるという小学生の兄弟らしき子ども達が歩いてきた。「ぼく怖くないよ!」と強がる男の子。けれどみんな泣きそうなのを必死でこらえていた。

なぜか保護者がいなかったので、みんなで寄り添いなるべく高いもののないアパートの駐車場へ。

小さな余震は続いていた。

地元を離れ一人暮らししていた私は恥ずかしながら、そういうときにどこが避難所になるのかすら把握していなかった。

携帯には友人や家族からLINEが入る。

仕事場へ電話を掛けるも、全くつながらない。
上司から連絡があり、仕事場へ向かってくれと

正直、めちゃくちゃ怖くて動きたくなかった。しかし当時責任者で従業員もたくさん残っている時間帯だった。

「怖い」と口に出したら動けなくなりそうだったので 、家族や友人に「大丈夫」とだけ返信をして自分を奮い立たせた。

意を決し、車の鍵をとりに自分の部屋まで戻ると、同じ階の女の子が恐怖で動けずうずくまって泣いていたので一緒に駐車場へ。
どうにか部屋からは出たけど、そこから動けなくなったようだった。

アパートのみんなは近くの体育館へ行くというので、私はその中の一人と連絡先を交換して車で仕事場へ。

住んでいたアパートは住宅街にあり、大通りに出るまでには4つほどのルートがあるが塀が崩れ通れない道もあり。
どうにか仕事場へたどりつき、現状の確認や恐怖で泣いているアルバイトと片付け。

幸いにも怪我をした人もおらず、備品の被害もほとんどなかったので安心した。

その日は近所の体育館へ避難した。
途中コンビニはどこも開いていたが、店員さんは憔悴しきっていて

「大変なときにありがとうございます、助かります」と声をかけると

「ありがとうございます。でも本当は帰りたいです」と。

コンビニが開いてるのは私はすごくホッとしたけど、帰れない人は本当に不安だっただろう。

避難所でアパートの人と合流。

エアーマットとペットボトルの水、あとビスケットのようなお菓子が配られたのを覚えている。

夜は結構寒くて、エアーマットはあるけどゆっくり寝るというにはほど遠く、細かい余震も怖くて結局ほとんど眠れないまま夜が明けた。

 

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Posted by こと